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BIBLE豆知識

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INDEX
▼きよしこの夜
▼米大統領が手を置く聖書
▼空っぽの墓
▼エイブラハム・リンカーン
▼イエスの母マリヤ
▼人生の宝物
▼ギデオン
▼神の愛はどこから
▼マグダラのマリア
▼予言者と預言者
▼平和の君イエス・キリスト
▼デイビッドはダビデ
▼異常気象
▼ヤコブの井戸
▼タラントを生かそう
▼聖書は、宇宙についてどう言っているか
▼クリスマス・キャロル
▼地球以外に生命はいるのか
▼イースター(復活祭)
▼クリスマス休戦
▼落ち穂拾い
▼殺してはならない
▼ボーンアゲイン

きよしこの夜

“きよしこの夜 星は光り
        救いの御子は 馬槽の中に
              眠りたもう いとやすく”

 世界中で歌われているこの讃美歌の歌詞のとおり、世界で最初のクリスマスは、ユダヤにあるみすぼらしい家畜小屋で、ヨセフとマリヤに与えられた赤ん坊の誕生から始まりました。この誕生の物語には、「清貧」という言葉が似つかわしく思います。「清貧」とは「私欲を捨てて行いが正しいために、貧しく生活が質素であること」とされています。世界は豊かになったと言われます。インターネット回線が張り巡らされ、今まで発展途上国と呼ばれていた国も、先進国同様自由に富を追求できるようになりました。でも、それが私欲を追うことなら、人は大切な何かを失くしてしまうのではないでしょうか。

 モノで溢れ返った時代、飼い葉桶の幼子のイメージは、どこかなつかしくあたたかい気持ちを呼び起こしてくれます。生活は質素であったとしても、“いとやすく”のとても平安な心こそ大切にしたいと思わされる2009年の年の瀬です。

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米大統領が手を置く聖書

 1月20日、アメリカ第44代大統領となるオバマ氏の就任式が行われました。全米から二百万人の人々が集まり、世界中の注目を集める中、新大統領は「アメリカ合衆国大統領の職務を忠実に遂行し、もてる力の最善を尽くして合衆国憲法を守ることを厳粛に誓う」と宣誓しました。この時の宣誓は聖書に手を置いて行われ、用いられた聖書は、第16代リンカーン大統領が1861年の就任式に使用したものであったことが話題になりました。

 大統領就任式の宣誓は合衆国憲法に規定された文言通りに進められますが、歴代大統領の多くはその後 “so help me God.”「神よ、われを助け給え」と付け加えています。人が何かを誓うとは、世界を造られ、統治されている神に対して固く約束することなのだということを超大国のリーダーたちは証言しているのです。

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空っぽの墓

 ある日曜日の夕方、戸を堅く閉ざした家の二階に、ユダヤ人を恐れて隠れている10人の男たちがいました。彼らは、今までしてきたことに対する喜びや情熱を失い、落胆し、ふさいで座り込んでいました。何故なら、三日前に、彼らの指導者であるイエスが、民衆の目の前で処刑されてしまったからです。

 実は、この日の朝、イエスを葬った墓は空っぽになっていました。弟子のペテロとヨハネは空っぽになった墓に、遺体を包んでいた布だけが置かれていたのを見て、イエスの復活を信じることができました。しかし、他の弟子たちにはとても信じられないことでした。まさに、そのような時に、イエスは弟子たちの前に現われてくださいました。“復活”。この常識では理解できない出来事が、弟子たちの中で現実のものとなった時、彼らは変えられ、大胆に、そして命がけでイエスの復活と十字架の救いを伝え続ける者とされたのです。

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エイブラハム・リンカーン

 第16代アメリカ合衆国大統領、エイブラハム・リンカーンは、大きな愛の人と言われています。自分の幸福よりも、多くの人の幸福のために、自分の持てる力を惜しみなく捧げたからです。彼は自由の象徴であり、アメリカ民主主義を守ってこれを作り上げた人です。

 彼は、丸木小屋に生まれ開拓の斧をふるい、フロンティア(辺境・国境地方)の貧しい少年から大統領になりました。リンカーンは、学校教育を受ける機会がなく、彼の職業、法律についても独学の人でした。

 その彼に最も影響を与えた本は、聖書でした。政治家となってからの演説にしばしば聖書のことばを引用しました。奴隷解放に力を尽くし、「人民の、人民による、人民のための政治」という演説の言葉は、あまりにも有名です。南北戦争で北部を勝利に導いたリンカーンは、戦勝のわずか数ヵ月後に暗殺されましたが、彼の名はアメリカ史上にしっかりと刻まれています。

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イエスの母マリヤ

 ガリラヤのナザレに住んでいたマリヤのところに、突然天使が現れ、「あなたは神からの恵みにより、身ごもって男の子を産みます。」と告げました。初めマリヤは、この言葉に驚き戸惑いました。この時、マリヤは大工のヨセフと婚約中でしたが、この時代、未婚のまま妊娠することは、現代からは想像もできないほどの重罪で、死罪に価するものでした。天使が言った「神に恵まれる」とは、人間的な常識では幸せどころか災難であり、とても苛酷なことだったのです。しかしマリヤは『おことばどおりこの身になりますように』と、自分に与えられた運命を従順に受け入れました。このようにして救い主は私たちのところに来てくださいました。

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人生の宝物

 人はみな自分の宝物を探す旅人のようです。「あなたの宝物は何ですか?」と、問われたら何と答えられるでしょうか。旅の途中に病気になった人は、健康を宝物と思うでしょう。また、旅の途中にお金をなくした人にとっては、お金が宝物です。旅を続けるために必要なものを欲しいと思うのが正直な気持ちかも知れません。確かに旅には健康やお金は必要なものです。

 イタリア・ルネッサンスを代表する芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチは、手記の中で「十分に終わりのことを考えよ。まず最初に終わりのことを考慮せよ。」と言っています。若い日に知識を深め、地位を手に入れ、財産を蓄えても、終わりが近づくにつれて失うことが多くなります。私たちはいつまでも旅を続けるのではなく、やがて死という終わりを迎えます。もし、死を自分のこととして意識するなら、何を宝物にするかも変わってくるでしょう。聖書の一節に『見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです』とあります。私たちは、見えるものを大切にしやすいのですが、永く持ち続けることのできる人生の宝物は、目で見たり手で触ったりできないものの中に探す必要があります。

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ギデオン

 皆さんは今までに一度は“ギデオン聖書”をご覧になったことがあると思います。病院や学校に寄贈されていたり、ホテルの部屋に置かれている小さな聖書です。実は“ギデオン”は聖書に出てくるイスラエの勇士の一人の名前です。紀元前11世紀頃、イスラエルでは、近隣諸国を荒らし回っていた宿敵ミデヤン人との戦いが繰り返されていました。その時彼は神の使いから、イスラエルを救う指導者になるように言われました。彼は各方面に使者を遣わして人々を集めました。三万二千人の人が集まりましたが、最終的に残ったのは三百人だけでした。彼らは敵に夜襲をかけ、つの笛を吹きながら、『主の剣、ギデオンの剣だ』と叫んで敵軍を敗走させました。その後、ギデオンは40年に亘る平和な時代をイスラエルにもたらし、さばきつかさとして実り多い働きをしました。

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神の愛はどこから

 5月の母の日、6月の父の日と親に感謝する日が続きます。普段は意識していなくても、ふとした時に親のありがたさや、親の子に対する思いが分かることがあります。それぞれの日に、両親に心からの感謝を捧げたいものです。けれども、今の時代、家庭にまつわる忌まわしい事件がなんと多いことでしょうか。親が子を殺害し、子が親を殺害する事件が本当に多く起こっています。家庭に、いや社会に愛がない時代だからです。かつてはそうではありませんでした。では、愛はどこから私たちのもとに戻って来るのでしょうか。父の愛も母の愛も、その原型は、人を創造された真の神の愛です。母親の子に対する献身的で犠牲をいとわない愛は、神の愛から出ています。神の犠牲の愛は、神が全人類のためにその御子イエス・キリストを十字架にかけて殺されたことに表れています。真の愛は神から出ています。人は手を伸ばせばその愛を受け取ることができます。アッシジのフランチェスコ、マザー・テレサ、賀川豊彦等々、神の愛を受け、その愛をもって人々を愛した人は数え切れないほど多くいます。この愛こそ私たちに今必要なものです。

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マグダラのマリア

 しばらく前に上映され、話題になった映画の一つに“ダヴィンチ・コード”があります。キリストが弟子であるマグダラのマリアと結婚しており、その子孫がフランスの王家にいるというものでした。では、そのマグダラのマリアとはどういう人だったのでしょうか。

 彼女はマグダラ出身で7つの悪霊に悩まされていました。イエスにいやされて後、十二弟子と共にイエスに従っていた大勢の女たちの一人として彼女も加わりました。イエスの伝道中、彼につき従っただけでなく、彼が捕らえられ十二弟子が四散した後、十字架上で死なれた時もその場で彼の最期を見届け、埋葬を見守りました。そして三日後、空になった墓を最初に見、直後に弟子たちの中で最も先に復活の主に出会いました。

 何故、これ程までにイエスに忠実であり得たのか、物議をかもした点ですが、女性を蔑視し、男性中心で女性には教えることさえしなかった社会において、その存在を認められ、何よりも、多くの罪を赦され、新しく造りかえられたことへの感謝と喜びに心が溢れていたからではないでしょうか。

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予言者と預言者

 “予言者”(よげんしゃ)と言えば、ノストラダムスが有名で、「1999年に世界が滅ぶ」というまことしやかな予言による騒ぎがありましたが、この予言の「予」は“あらかじめ”の意味で、天気予報のように未来に関することに使われます。人は時に好奇心から未来予知に関心を持ちますが、聖書には占いをしてはならないとあります。

 一方、旧約聖書に出て来る“預言者”は、“預ける”つまり預金の「預」が使われています。ヘブル語やギリシャ語の原典によりますと「神からのことばを預かって人々に伝える者」となります。「先見者」とも呼ばれました。優れた預言者イザヤやエレミヤは、神のことばや警告を王や民に語ったため、しばしば迫害されましたが、彼らは神のことばを曲げませんでした。

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平和の君イエス・キリスト

 『ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。』
このことばを、イスラエルの預言者イザヤは、イエス・キリスト誕生の約700年前に預言しました。イエス・キリストの呼び名の一つが“平和の君”です。人類の誕生以来、多くの人々が平和を待ち望み続けてきましたが、実現していません。戦争の世紀と呼ばれた20世紀が終わっても、平和はやって来ませんでした。その原因は、人の心にある悪い思い、罪です。イラク、アフガニスタン、アフリカの国々と、戦争はいよいよ激しくなっています。その背後に、人の心の罪に働きかける悪魔の存在があります。

 イエス・キリストは、世界のすべての統治者となるお方です。悪魔はこのお方を抹殺しようとして、この世の権力者を動かしました。当時ユダヤの地を治めていたヘロデ大王は、救い主であり、王となられるイエスを恐れ、亡き者にするためその誕生の地ベツレヘム周辺の2歳以下の幼子をすべて虐殺しました。聖書はイエスとその両親が神に教えられて、その前にエジプトに逃避したと伝えています。神と悪魔の激しい争いの記述です。

 そして悪魔は、今も神に反抗して激しい争いを引き起こしています。神を冒涜する書物、雑誌、テレビ番組、映像が世に溢れています。けれども、本当の救いはイエス・キリストにあります。クリスマスは“良き知らせ、福音”が初めてこの世に伝えられた時です。平和の君であるキリストの御名がこの時期に崇められることを願います。

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デイビッドはダビデ

 欧米には、デイビッドという名の男性がたくさんおられます。デイビッドは聖書に出てくるダビデ(へブル語)と言う名前と同じであることをご存知でしょうか。ダビデは、神を信じる羊飼いの少年から、イスラエル王国二代目の王となった人です。イエス・キリストご自身が『わたしはダビデの根、また子孫…』と言われるほど、神に愛された人です。聖書には、ダビデのことが次のように書かれています。『その子は血色の良い顔で、目が美しく、姿もりっぱだった。』このすばらしいダビデのようになるようにと両親はデイビッドと名づけるのでしょう。ダビデの他にも、聖書から取られている名前はたくさんあります。ジョン=ヨハネ、ポール=パウロ、マーク=マルコ、スティーブン=ステパノなどです。これらの聖書の人物のようにという両親の愛と願いの表れなのでしょう。

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異常気象

 近年、日本にやってくる台風やアメリカを襲うハリケーンが大型化しています。これは、地球の気温が上昇する地球温暖化が原因となる異常気象の一つではないかと言われています。地球温暖化とは、大気中の二酸化炭素などの濃度が高まることで、地表からの熱の放出が抑えられ地球全体の温度が上昇する現象です。この地球温暖化により、動植物の絶滅、海面の上昇、異常気象などが予測されます。例えば、100年後には海面が最大で1m上昇すると言われていますが、そうなると、太平洋やインド洋のある島々は水没してしまいます。聖書には『(世の終わりには)地上では、諸国の民が、海と波が荒れどよめくために不安に陥って悩み…』とあります。このことが、海面上昇や異常気象を指しているとするなら、まさに世の終わりとキリストがもう一度やって来られる日が近いのです。



ヤコブの井戸

 「もう遠くまで水を汲みに行かなくていいわ」と新しく完成した井戸とポンプの前でカンボジアの可愛い少女が微笑んでいます。この写真は日本飢餓対策機構(世界の飢餓の問題に取り組む団体)のニュースレターの今年の五月号の表紙になっています。昔も今も、多くの国で、水汲みは女性と子どもにとってつらい仕事であることに変わりはありません。

 イエス・キリストの時代、サマリヤ地方のスカルの町にあった“ヤコブの井戸”にまつわる話があります。この井戸は当時、直径2.3m、深さは70mもあったといわれており、現在では観光スポットになっています。この井戸のかたわらにイエス・キリストが旅の疲れで腰を下ろしておられると、一人の女性が水瓶を抱えてやって来ました。「私に水を飲ませてください」と、イエスは声をかけられました。イエス・キリストは、この女性の悲しい過去、心の飢え渇きに目を留め、寄り添い静かに語りかけられました。この女性は心を開き、決して渇くことのない“永遠のいのちの水”を得ることができたのです。

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タラントを生かそう

 イエス・キリストが話された例え話の中に、“タラントの教え”があります。「あるお金持がしもべたちを呼び、5タラント、2タラント、1タラントを預けて旅にでかけました。よほどたって帰ってきて清算をします。それぞれに預かったお金をもとでにして、もうけたしもべは、主人の賞賛を受け、主人を恐れて地の中に1タラントを隠しておいたしもべは、主人の怒りを買いました。」

 ここで言うタラントとは、当時の通貨の単位ですが、タラントとは英語で才能・能力という意味があります。日本では芸能人のことをタレントと言ったりしますね。あなたのタラントは何でしょうか。神様はどんな人にもすばらしいタラント(賜物)を与えておられます。手先が器用、歌が好き、スポーツ万能、お話し上手…あなたは自分の賜物をどのように使っておられますか。自分のためだけですか。他者のために生かしておられますか。神様は後者のような人を喜んでくださるのです。

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聖書は、宇宙についてどう言っているか

 幾世紀もの間、人は空の星の数は千余りだと信じていました。しかし、聖書に出て来る預言者エレミヤは、『天の万象が数えきれず、海の砂が量れないように、…』と語り、現代の科学者と同じように、宇宙の星は無数にあると知っていました。3000年以上も前に生きていたヨブという人は、同時代の学者たちが“地が大海を泳ぐ亀の上に乗る”とか“象の背中に支えられている”と信じていた時に、『神は…地を何もない上に掛けられる。』と語り、地球が何もない宇宙空間に浮かんでいると知っていました。更に、イエス・キリストは、ご自身がもう一度この世に来られる時について、『その夜、同じ寝台で男がふたり寝ていると、…ふたりの男が畑にいると…』と語られ、地球上で同時に夜と昼があり、地球が球であることを示されました。

 このように聖書は人の考えを越えて、真実を伝えているのです。

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クリスマス・キャロル

 “クリスマス・キャロル”という言葉を聞かれたことがありますか。すぐにディケンズの有名な短編を思いうかべる方もおられるでしょう。

 “キャロル”とは、中世イギリスの宗教的歌曲のことで、クリスマスをはじめ、キリスト教の諸行事(祝日)に歌われていました。最近では、クリスマス・キャロルは、クリスマスの讃美歌と同じ意味で使われています。讃美歌は、キリスト教の礼拝の中で神様をほめたたえるために歌われました。はじめは聖書のなかの一節に音階をつけて歌われていましたが、さまざまな音楽の要素を取り込んで発展していきました。

 今年のクリスマスは、教会で、また家庭で静かに讃美歌に耳を傾けてみられませんか。

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地球以外に生命はいるのか

 地球は生命豊かな星です。なぜでしょうか。適度な温度、水、空気の存在のためです。これらは、地球が太陽系の惑星であることによります。しかし、地球の隣の惑星に目をむけますと、金星は激しい高温の世界ですし、火星は逆にきびしい低温の世界で、どちらも生命の存在は疑問です。まして、人間のような高度な生命の生存は不可能です。次に、太陽系の外に目を向けますと、そこには恒星と惑星がありますが、自ら輝く恒星は超高温で論外です。惑星については、現在の望遠鏡では、太陽系以外の惑星があまりに遠方にあるため見ることはほとんど不可能です。ですから、地球以外に生命が存在するという証拠は、今ありません。

 このように考えると、この地球に人間が存在していること自体、奇蹟だと言えるでしょう。神は、目的をもって人間と全生物をこの地上に造られたと聖書は言っています。

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イースター(復活祭)

 “イースター”はイエス・キリストが十字架の死から三日目によみがえられたことを記念する教会暦最古の祝日です。英語の“東方”(East)から由来しており、北欧の人々が、太陽の季節の到来をもって、新しいシーズンとしていたことと関係しています。古くは太陽の祭りを意味し、太陽が東方に現れて、この地上に新生命をもたらすことを祝っていました。これが、義の太陽であるキリストの復活と、その新しい生命をあらわすことに移行して用いられるようになりました。

 イースターは月日が決まっていない移動祝日です。ユダヤ教の大陰暦と太陽暦を調和させ、春分の日以降の最初の満月の直後の日曜日と決められています。今年のイースターは4月16日です。(参考文献 キリスト教慶弔学辞典)

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クリスマス休戦

 第一次世界大戦中のことでした。とても寒く静まり返った戦場にも、クリスマスはやってきました。空には星が輝き、兵士たちは暗い塹壕の中で、しばし銃を置いて、それぞれのクリスマスの思い出にふけっていました。と、その時、一人の兵士が「きよしこの夜、星はひかり・・・」と歌い始めました。そしてそれはいつしか大合唱となり、夜空に響き渡りました。彼らは涙を流しながら、歌い続けました。するとかなたの敵の塹壕の中からも、もう一つの歌声が湧き上がってきました。その夜は銃声が止み、辺りに歌声が溢れたのです。これがクリスマス休戦の始まりです。イエス・キリストは家庭に、そして世界に平和をもたらすために、この地上に来てくださいました。クリスマスは平和の祭典です。あなたもこの心の平和をご自身のものとされませんか。

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落ち穂拾い

 ミレーの「落穂拾い」の絵はあまりにも有名です。ミレーは、積み藁を背後に、落ちた穂を拾っている三人の女性を描いています。地主が刈り取らせた麦は積み藁として描かれ、貧しい農民は、取りこぼされた穂を集めています。この頃のフランスでは、地主は落穂を拾う者のためにわざと麦を取りこぼさなければならないという約束事があったようです。

 旧約聖書の中の「ルツ記」にもこのような話があります。

 夫に先立たれたルツは、姑ナオミに仕えることを決意して夫の故郷ベツレヘムに帰り、裕福な親戚であるボアズの畑で、落穂を拾って生活するようになります。

 神様は、苦境にあっても神と人に徹底的に従ったルツを祝福されます。やがてルツは、ボアズと結婚し、ダビデ王が二人の子孫として誕生することになるのです。

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殺してはならない

 数年前に出版された「なぜ人を殺してはいけないのですか」という書籍のタイトルから、いろいろと考えさせられました。こんなことは常識だと誰もが思いますが、ではなぜいけないのかと聞かれれば、ほとんどの人が答えられないのではないでしょうか。決め事は、その理由がわからないなら破っても問題がないように思う人もあるかもしれません。その結果、他者のいのちを奪ったり自らのいのちを絶ったりする人々が後を絶ちません。

 創造主なる神は、人に10の戒め(十戒)を与えられました。その一つが「殺してはならない」です。一人一人が、神が造られた最高傑作だからです。いのちは神の作品です。人がそれをわがものにしている所に、3万人を越える自殺者を生み出す現代日本の問題があります。

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ボーンアゲイン

 イエス・キリストのご生涯の内、特に十字架での死と復活を描いた“パッション”という映画が話題を呼びました。 私財を投じてこの映画を制作した監督のメル・ギブソンは、ボーンアゲイン born again したクリスチャンであると言われています。ボーンアゲインとは、新しく生まれるとか、新生するという意味で、罪人が霊的に変えられ、信仰によって神に応答するようにされることを意味します。聖書は『まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。』と言います。全ての人は心の中に罪を持っており、罪を持つ人間は神の霊、聖霊によってもう一度生まれ変わらなければ、神のもとに行くことができないと言っているのです。メル・ギブソンも、うつ病やアルコール依存症を神によっていやされ、キリストへの固い信仰を持つようになりました。 彼はボーンアゲインしたのです。

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